太田 淳(慶應義塾大学)

 筆者は2021年3月末から1年間、勤務先より在外研究の資格を得て、ライデン大学歴史学科の客員研究員として家族(妻と中3の娘)および飼い犬とともにオランダに滞在した。入国時はまだ厳しいロックダウンが実施されていたが、次第にそれが緩和されていくのを目の当たりにした。現在オランダでは行動規制は完全に撤廃されているが、今後また感染症の流行等で同様の規制が始まらないとも限らないため、そうした場合に役立ちそうな情報を、研究に関連するものを中心に書き残したい。ここでは筆者の経験を紹介するが、手続きは頻繁に変更されるため、最新情報は関係機関のウェブサイト等で確認頂きたい。

渡航前の手続き

 ロックダウン中は外国人のオランダ入国は原則禁止で、特殊な事情がある場合にのみ申請できた。どのような場合にどういった条件で入国が許可されるかは、最新情報がオランダ移民局(Immigratie- en Naturalisatiedienst)のウェブサイトに示される。筆者の場合ライデン大学の協力が必要と考え、海外研究者の受け入れを担当するService Centre International Staff (SCIS)という部局に問い合わせた。すると回答は、客員研究員(通常、給与支払いはない)の入国は大学から移民局に申請することになっていて、それはまず承認されるだろうとのことだった。コロナ禍の最中にこの楽観は驚きだったが、指示に従って必要書類を準備することにした。

 SCISは web portal というシステムを構築している。そこにアカウントを作り、ライデン大学での職位、滞在期間、同行する家族などの情報を入力すると、家族のメンバーごとに準備する書類が表示される。筆者とその家族の場合は以下のものであった。(  )にはその入手ないし作成方法を示している。

筆者

  • Guest letter(受入機関に作成してもらう)
  • CV(書式自由)
  • Diploma(学位記)
  • Salary certificate(勤務先から給与証明を英文で出してもらう)
  • Family register certificate with apostille(戸籍謄本に自分で英訳をつけたものに、日本国内の公証役場でアポスティーユ(公印確認)をつけてもらう)
  • Marriage certificate with apostille(上記のアポスティーユ付き戸籍謄本をファイル名だけ変えて提出)
  • Antecedents certificate(移民局作成のフォーマットに記入してサインする)
  • Authorization and sponsorship declaration(同上)

妻(娘も同じ)

  • Birth certificate(上記のアポスティーユ付き戸籍謄本をファイル名だけ変えて提出)
  • Antecedents certificate

 これらの書類を写真に撮って PDF化し随時システムにアップロードする。すべてを提出すると、SCISから移民局に申請が行われた。それから20日ほどで移民局から入国許可の通知が届いた。

 筆者は利用しなかったが、SCISは賃貸住居も紹介してくれる。それ以外にも、不動産業者のウェブサイトで数多くの物件を見ることができる。

渡航

 2021年3月当時は、出発前にPCR検査を受ける必要があった。その陰性証明とSCISに提出した諸書類および移民局の入国許可を、出発時には空港の航空会社カウンターで、到着時には空港の入国審査で、係官に見せて確認を受けた。いずれも簡単に通過できた。

渡航後の手続き

 到着後まもなくSCIS担当者とオンラインで面談し、今後の手続きについて説明を受けた。その指示に従って移民局と市役所を訪問し、前者で滞在許可証を申請し(後日受け取りに行く)、後者で市民サービス番号(burgerservicenummer, BSN)を取得した。

生活基盤の手続き

 筆者は賃貸する住居(友人の持ち家で、当時は空き家)を渡航前に決めており、空港から直接タクシーで入居した。当時の問題は、入国者は3日間自主隔離(自宅などでも可能)する必要があり、そのあいだ外出ができないことだった。しかし水道光熱と寝具をすぐに使えるように大家が準備してくれていて、さらに別の友人が大量の食糧や必需品を購入しておいてくれたので、快適に生活をスタートさせることができた。

 ところがすぐに発生した不便は、インターネットに接続できないことだった。日本から持参した海外使用可能のモバイルルーターは、オランダではなぜか使えなかった。住居にはインターネット固定回線が設置されていたが、契約がなく開通していなかった。つまり、自宅ではインターネットが(加えて電話も)まったく使えなかった。もしデリバリーで食材などを注文する予定だったなら、問題はいっそう深刻だったと思われる。

 この状況で筆者家族を救ったのは、近所のスーパーマーケットが提供するフリーWi-Fiだった(このサービスがあることは、以前のオランダ滞在時に気づいていた)。当時はあらゆる店や会社が閉鎖されていたが、スーパーマーケットや薬局などは営業しており、マスクを着ければ一定の来客数制限内で自由に買い物できた。そして近所の数軒のスーパーマーケットで、持参したノートパソコンで簡単にネットに接続できた。しかし3日間は完全隔離することになっていたため、目立つのを避けて1日1回30分程度の利用にとどめた。そうしてオンラインでSIMカードを購入し、翌日に届いたSIMカードを使って、日本から持参したSIMフリーのスマホが利用できるようになった。固定回線の開通にはBSNが必要で、申し込むとすぐにプロバイダ業者からモデムが送られてきた。もっとも筆者の場合これでは開通せず、電話で事情を説明するのと必要な工事を予約するのに時間がかかり、開通まで1ヵ月ほどかかった。

 一方、BSNを入手すればさまざまな手続きがオンラインででき、さらに銀行のキャッシュカードを手に入れればあらゆる支払いがキャッシュレスでできる。銀行口座はスマホにアプリをインストールし、求められる書類をスマホで撮って送れば開設できる(後日、暗証番号とキャッシュカードが郵送されて来る)。キャッシュカードがあれば、露天商からの買い物も含めあらゆる機会でキャッシュレスの支払いができるだけでなく、現金払いを受け付けない店や自動販売機も便利に使える。保険や公共料金の支払い等だけでなく、知人との金の受け渡しや割り勘も、スマホのアプリを利用して電子的に済ませるのが一般的である。役所を含むほとんどの手続きがオンラインで済み、訪問の必要がある場合もオンラインで事前に情報を入力しアポイントを取るので、対面手続きも迅速である。要するにオランダでは、支払いや諸手続のキャッシュレス化と電子化が非常に進展している。

研究環境

 筆者は主に国立公文書館(Nationaal Archief)とライデン大学図書館を利用して調査する予定であった。ところがロックダウンのために、これらの利用は当初かなり制限された。

 21年3月末の時点では、公文書館は完全に閉鎖されていた。しかし数年前から文書資料の電子化と公開が進んでいて、多くの資料を電子的に閲覧できる。オンラインカタログで検索した資料が電子化されていれば、検索結果の画面から1クリックで資料の写真を見ることができる。画質も良く自宅で調査ができて非常に便利ではあったが、電子化された資料は実物を閲覧できないため、せっかくオランダで研究する意義が薄れる思いがした。もっとも電子化されていない資料も多く、それらは閲覧室で実物を見られるので、再開を心待ちにした。

 公文書館はようやく5月下旬に再開したが、閲覧室の利用者数が制限され、事前予約が必要だった。再開直後は希望者が殺到し、閲覧室の席が半分ほどに減ったこともあって、最初の予約は一ヶ月半待たされた。もっとも混雑は次第に緩和して、8月には翌日に予約できるようになった。資料は基本的にすべて複写でき、閲覧室で高性能スキャナーが利用できるほか、自分で写真を撮ることもできる(どちらも無料。写真用の撮影台も利用できる)。資料が電子化されていれば自由にダウンロードでき、電子化されていなくても申請すれば写真撮影して画像を提供してくれる(ページ数に関係なく資料1点につき14ユーロ)。

 大学図書館はロックダウン中でもほぼ平常通り開館していた。本の貸出は従来通りにできたが、閲覧室および特殊資料室の利用には席の予約が必要だった。閲覧室はやはり席数が半分ほどになっていたが、客員を含む研究者や教員は専用の広いスペースを利用できた。特殊資料室も、海外から来る研究者が減って、以前より空いていた。書籍は刊行後100年未満で状態が良ければ館外貸し出しができ、館内利用の場合もコピー(有料)やスキャン(無料)が手軽にできる。特殊資料室では備え付けスキャナーの使用と卓上での写真撮影(どちらも無料)が可能である。10月頃になって、席の予約は不要となった。

研究会など

 KITLV(王立言語地理民族学研究所;図書館部門は数年前にライデン大学に吸収されたが、研究部門は存続)や大学の歴史学科では頻繁に研究会が開催され、都合が合えば報告もできる。ロックダウン中はどちらも完全にオンライン化されていたが、21年5月頃から行動制限の緩和とともにハイブリッド形式に移行して現在に至っている。KITLVの主催する研究会については、会員(基本的に無料)になればメールで通知が送られて来る。会員申込の方法はホームページに記載されている。歴史学科主催の研究会も、登録すればメーリングリストで通知が届く。しかし登録方法が公開されていないようなので、希望される方は筆者に連絡頂きたい。どちらも参加者が10-30人程度の小規模な研究会で、質疑応答も非常に活発である。国内外の著名な研究者が報告することもあるが、大学院生による発表も多い。

 大学で行われる博士論文の公開口頭試問には、招待を受ければ参加できる。ロックダウン中はおそらく回数が減っていたと思われるが、行動制限の緩和とともにハイブリッド形式となって、以前と同様に行われている。多くの場合、密になるのを防ぐために、参加人数が少なくても大講義室で開催され、審査員の一部は——場合によっては博士候補生も——オンラインで参加する。

行動規制の変化

 オランダでは2020年3月から少しずつ行動制限が始まり、同年12月からは「ハードロックダウン」が施行されて、生存に必須と見なされる病院や一部店舗を除き、あらゆる施設が閉鎖された。21年5月頃から制限が少しずつ緩和され、まず店でテイクアウトができるようになり、次に予約を取っての入店が可能になり、しばらくするとテラス席が開放されるといったように、段階的に行動の自由が広がっていった。人びとは規制緩和を待ち焦がれていた。市はカフェやレストランがテラス席を増やすのを認め、拡大されたテラスは開放後はどこも満席だった。ライデンの屋外市場は密を防ぐために2つの場所に分けて開かれていたが、規制緩和後はどちらも大変な人混みだった(ここ数年で地下駐車場が中心部に整備された影響もあるだろう)。


開放直後のカフェのテラス席およびボート席。テーブルの間隔は以前より若干広めに取られている。2021年5月、ライデン、筆者撮影。

 夏の旅行者が増える時期には、ワクチン接種証明を持つ人だけがレストラン等に入れるルールを政府が導入しようとしたこともあった。しかしアムステルダムをはじめとする各地の市長が、市民の分断をもたらすルールは受け入れられないと主張して反対し、結局導入は見送られた。行動制限に反対する人びとの手荒な抗議活動が国外ではニュースになったようだが、国内にいると分断や対立を避ける努力の方が目立った。屋外でマスクを着ける人は義務が解除された途端にほとんど見かけなくなったが、着けている人が不審に見られることはない。何より人びとは、通りでも店の中でも、見知らぬ者同士で気軽に言葉を交わす。コロナ禍でも快適に過ごす鍵の一つは、人びとのこうした日常の行動にあると感じた。

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 このようにコロナ禍でのオランダ生活は、一定の制限はあったが総じて快適だった。感染症がまた拡大する事態はあってほしくないが、多少心配に見えても行ってみるとあまり問題ないことも多い。この文章が読者の渡航や滞在を後押しするものとなれば幸いである。