金子正徳(摂南大学)
はじめに
5月の末に、大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)へ行ってきた。今回の訪問目的は、インドネシアをはじめとする東南アジア諸国のパビリオンを見学し、その展示を通じて映し出される各国が思い描く近未来像の特徴を比較することである。
大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をメインテーマとしている。3つのサブテーマがあり(「いのちを救う」、「いのちに力を与える」、「いのちをつなぐ」)、会場内はいくつかのゾーンに分かれている。インドネシア・パビリオンは北西の、「いのちをつなぐ」1をサブテーマとする、コネクティングゾーンに位置している(大阪・関西万博公式サイトの会場デジタルマップ)。
インドネシア・パビリオンのテーマは、公式サイトでは「調和の中で繁栄する:自然、文化、未来」となっている。公式ガイドブックや公式サイトにおける日本語表記にはブレがあるが、英語のテーマ(Thriving in Harmony: Nature, Culture, Future)からすれば、上記の訳が近いのだろう。開発をイメージさせる“developing”ではなく、自然の繁栄や生物的な成長をイメージさせる“thriving”を使っている点が興味深い。また、ユネスコの無形文化遺産にも選ばれたバリの「トリ・ヒタ・カラナの哲学」(インドネシア共和国観光クリエイティブエコノミー省公式サイト)を全体のコンセプトとして選定して構成されていることも、パビリオン全体としての統一感を生み出している。
インドネシア・パビリオンの概要
まず、インドネシア・パビリオンのユニークな点は、船を模したパビリオンの形状にある。インドネシア・パビリオンのデザインコンセプトを紹介する動画によれば、これは「過去、現在から未来に向けてインドネシア国民の夢を運ぶ船」(参考:「Indonesia Pavilion Unveil Design Expo 2025 Osaka」)である。
船をコンセプトとするインドネシアの現代建築としては、ジャカルタのタマン・イスマイル・マルズキのエリア内にあるフェリーを模したジャカルタ首都特別州立図書館の建物を思い出すが、巨大な建造物である同図書館とは異なり、万博のパビリオンは鉄骨とガラスとアルミとコンクリートの現代建築ではあるものの、その外装に木材のようなプラナ材2を用いるなど、持続可能性や自然との調和などの万博のコンセプトと親和した特徴がある。残念なのは、隣接するインドやオーストラリアのパビリオンとの距離が近く、大屋根リングと呼ばれる外周の木造建造物の上から見ても、この凝ったデザインの建造物の全体像があまり捉えられないこと、会期後は消え去る運命にあることだ。

屋外エリアにはアウトドア・ステージが設けられており、各種の舞踊やバティック制作体験など多様なイベントを開催している。
入場時には、他のパビリオンと同様に20人ぐらいを1単位として入場する形式をとっており、当然ながら待ち時間がある。ただし私が訪問した平日の場合、待ち時間は20分程度であったことから、予約なしでも比較的すんなりと入ることが出来る。入場前には、インドネシアのコーヒー(ひと口ほどではあるが)を振る舞ってくれるのも嬉しいサービスだ。
主要な展示構成
エントランスホールから入ると1階の「自然:野生の豊かさに身を委ねて(Nature: Flowing Through the Wild Treasures)」エリアがある。熱帯雨林とアートを組み合わせた展示エリアである。入場前には建物の外で簡単なイントロダクションがあるが、その際にはパビリオン1階への扉は閉ざされている。その後、一気に開かれた扉から流れ出す、冷涼・湿潤な空気は同パビリオンの演出のひとつとなっている。この最初のエリアは、シンガポールのガーデンズ・バイ・ザ・ベイにあるクラウド・フォレストを思い出させる。小さな熱帯の植物園と多様なアート作品の組み合わせによって熱帯の生物多様性や文化的な創造性を示す展示になっており、楽しい。あえて写真は載せないので、ぜひ会場でどんな動物がどう造形されているか楽しんでください。
次のエリアは「没入体験:ヌサンタラの冒険(Immersive: Nusantara Odyssey)」は、全周がスクリーンになっている。床も含めて室内全体にインドネシアの島嶼世界の自然や文化の豊かさを感じさせる壮大な動画(実写だけではなく、イラストレーションやアニメーションを含む)をみることができる。
2階へと上がる回廊は「文化:遺産を守る(Culture: Heritage of Defense)」という、民族や文化の多様性を示す写真コーナーとなっている。それぞれに人物名や民族名などは記されていないが、男性/女性・多様な世代・多様な民族集団出身者の優れたポートレートとなっていて、飽きない。
2階にはまず「未来:知恵のレガシー(Future: Legacy of Wisdom)」という名称の円形の部屋があり、中央に新首都ヌサンタラの模型が置かれている。ここも全周がスクリーンとなっていて、インドネシア語のほか多様な民族語・地方語で書かれたインドネシアの人々の生き方の規範を示す言葉が投影されている。良く知られたものだと「ゴトン・ロヨン(Gotong Royong)」や「多様性の中の統一(Bhinneka Tunggal Ika)」などが含まれていた。じっとながめていると、調査地や赴任先の言語でなじみのある言葉が浮かび上がってくるのではないだろうか。

2階にはミニシアターも設けられている。ここで上映される短編映画「ワヤン(Wayang)」は、上述の「トリ・ヒタ・カラナの哲学」をコンセプトとして制作されたガリン・ヌグロホ監督の映画で、バリ島らしき場所での「ワヤン・クリット」上演の瞬間を映し出している(参考:撮影の舞台裏)。ドキュメンタリーではないのだが、人々がワヤン・クリットの上演を見続ける場をシアター内で共有している感覚になる。インドネシアをあまり知らない来場者に対する文化や社会への誘いとしては、ほどよくインドネシアへの関心を掻き立てるものだ。他のパビリオンで見られるような、発展や文化を説明するプロモーション映像とは質的に一線を画す印象を与える映像作品であった。
ところで、インドネシア・パビリオンの運営は、大学生や介護士などさまざまなインドネシア人ボランティアの参加によって成り立っている。少し話を聞いてみると、インドネシアの農林・観光関連企業に勤めるインドネシア人社員など多様な背景を持つ人々もまた、商談やビジネスセミナーのないときに会場スタッフとしても働いていたりしていた3。
インドネシア研究者のインドネシアびいきかもしれないが、こういった一般のインドネシア人スタッフが示すホスピタリティ(あるいは距離の近さ)は、今回見学した他の東南アジア諸国のパビリオンと比べても、とても好感度が高いものだった。全体的な印象として祝祭性や熱気・活気があまり感じられない万博であるが、その中でもインドネシア・パビリオンは雰囲気が明るいのだ。
東南アジア諸国のパビリオンの展示
上記のインドネシア・パビリオンの特徴と比較するために、他の東南アジア諸国のパビリオンを簡単に見てみよう。
マレーシア・パビリオンは、外装に木材を活用することで有名な隈研吾事務所の設計だそうだ。今回の外装は竹が多用されている。「調和の未来を紡ぐ」という同パビリオンのテーマのもと、インドネシア・パビリオンと同様にユニークな形状のパビリオンとなっている。
独立後のマレーシア全域の発展を時系列的に写真で示した後、2階の展示では、東南アジアの工業先進国というアイデンティティを全面に押し出し、持続可能性のある発展や先進性を全面に打ち出して海外からの投資を誘う展示であるという印象を持った。

シンガポール・パビリオンは「夢」をテーマとして、幾人かのアーティストの作品による印象的な構成である。シンガポールは、水も森林も限られている小さな島で、将来構想の再定義とそれにともなう再開発を繰り返して発展を遂げてきた都市国家である。このパビリオンでは、自然を街に取り込み調和した持続可能なスマートシティという、新たな未来像を押し出している。展示内容としては、未来の夢をキーコンセプトとし、来場者がタブレットに手書きした夢を、街の形成や自然の成育など多様なアニメーションにからめて最上階のドーム状のスクリーンに投影するデジタル・インスタレーションが印象的であった。このようなコンセプトは、実際にシンガポールにおいて、将来世代のための先行投資として作られた埋め立て地にあるガーデンズ・バイ・ザ・ベイや、チャンギ空港の新たな大型複合施設ジュエルのエリアでも表現されている。


来場者がパビリオン2階でタブレットに書いて送り出した「夢」の言葉や絵が投影されるインスタレーションがある
その他、フィリピン、カンボジア、ベトナムが独立したパビリオンをもつ。いずれも国内の各地方の特徴や文化、伝統産業を、映像や現物展示、アート作品によって紹介している点が特徴といえるだろうか。「ウーブン(woven/織る・編む)」をテーマにしたフィリピン・パビリオンもまた、ラタンを編んで作ったパネルを用いたユニークな外観のパビリオンである。




1階の展示にはユネスコ世界遺産のコー・ケー遺跡群と稲田の風景が作られている
東ティモールは、他国との合同展示施設であるコモンズでのブース出展で、文化紹介や手工芸品の展示、観光地の紹介などを行っている。その他、東南アジアについてはASEANパビリオンもある。タイも独立したパビリオンとして出展しているが、他のパビリオンとは異なり事前予約が必要であり、今回は見学出来なかった。
インドネシア・パビリオンを主として東南アジア各国のパビリオンを回ると、東南アジア各国が思い描く未来像の共通性と違いを見ることができるのも面白い。
上述の大阪・関西万博のメインテーマに沿う形で、たとえばAIが代表するような先進工業社会において人と自然が持続可能なかたちで共生していく社会といった観点から、各国政府が実現可能な近未来の一部を示している。共通性としては「開発」という従来的なテーマが根強くある。たとえばインドネシア・パビリオンの展示には、新首都ヌサンタラの展示が代表するように、「2045年黄金のインドネシア(Indonesia Emas 2045)」構想が示す未来像があり、マレーシア・パビリオンにも東南アジアの先進工業国を維持しながらも人間中心の持続可能な社会を構想した「マレーシア・マダニ(Malaysia Madani)」構想が示す未来像がある。ベトナム・パビリオンもイノベーションと科学技術が未来社会の重要なキーワードとなっている。他方でカンボジア・パビリオンの展示が示すような、持続可能な農業を中心とする未来像もある。とはいえ、イベントから過剰な意味を読み取ることは避けるべきだろう。みなさんが訪問した際には、展示が示す各国の近未来に、ぜひ思いを巡らしていただきたい。
結び
インドネシア・パビリオンだけを目指していくには、入場料や交通費などを合わせるといろいろと出費が大きすぎるきらいはあるのだけれど、もし大阪・関西万博に行くのであれば、インドネシア・パビリオンは訪れるべき満足度の高いパビリオンの一つだと思う。大阪・関西万博訪問の機会があれば、ぜひ会期限りの「航海」に参加してみてはいかがだろうか。
1 このサブテーマについては「一人一人がつながり、コミュニティを形成する、社会を豊かにすることに焦点を当てるものである」との説明が公式サイトにある。
2 公式サイトによれば、60%のもみ殻、30%のリサイクルプラスチック、10%の添加剤で作られている建材である。
3 一般来場者にはあまり縁がないが、1階にはビジネスセンターも設けられている。ここで開催されるビジネスセミナーや商談会なども万博パビリオンの重要な機能である。