カパル第3回研究大会シンポジウム関連企画3】

加藤 剛(PT. Wana Subur Lestari 他2社)

*(前編)はこちらからご覧ください。

森林保全、希少動物保護、植林事業の調和を図る

泥炭火災の恐ろしさは、樹木や泥炭土壌が燃えて、莫大な二酸化炭素を大気中に放出するだけではなく、豊かな生物多様性も一瞬にして消し去ってしまうことにある。インドネシアの熱帯林を象徴するオランウータンも例外ではない。火災に巻き込まれる様子は想像もしたくないが、基本的に樹上で生活するオランウータンは、火災によって森がなくなれば生息する場も完全に失われてしまうのである。その凄惨な様子は度々メディアでも紹介されてきた。

 住友林業グループとして西カリマンタンの劣化した泥炭地での植林事業に踏み切ったのは、火災の影響を阻止しなければ残すべき森林も失われてしまうという、強い危機感を持ったからである。事業の是非を検討するために、事業開始の3年ほど前から現場調査を続けてきた。当時驚いたのは、インドネシア最長のカプアス川(全長1,143km)から分岐し、事業区内を通って海に流れるメンダワック川が、違法伐採の丸太で埋め尽くされていたのである。支流とはいえ、幅100m を超える川である。

 メディアでも大きく報道され、腰の重い地方政府もこのときばかりは積極的に取締りを行い、さらになんと違法な製材所を悉く燃やしてしまった。しかし、そこで問題は終わらなかった。元々、川でしか移動のできない地域である。学校にも舟で通わなければならないが、そもそも近くに学校がない。そのため、小学校すら出ていない若者が多かったのである。教育を十分に受けていないので、街で働くことができない。きわめて小規模な農業や魚の採取で生活するか、違法伐採に参加して現金収入を得るしかなかった。

 残念なことに、厳しい取締りが行われた結果、村の人々は一斉に森に火入れをはじめた。事前のフィールド調査で、未だ貴重動植物が残る森があることは確認していた。その森に火が近づいたときに、これは企業のチカラで残すべき森は責任を持って守り、乱伐などで既に劣化してしまったエリアで植林事業を行うことで地域住民に就労の機会を提供すると決めた。

 自然保護について注目するあまり動植物の多様性にばかり目がいきがちだ。だが、熱帯林の破壊には往々にしてこのような背景があることを知ることも重要である。WSL社に代表されるわたしたちの事業区では徹底した調査の上、守るべき森と植林するところとを明確に区分けしている。また、植林という人為的な活動が守るべき森に負の影響を与えないように、それぞれの間には緩衝帯を設けている。もちろん、植林そのものも農薬や化学肥料を使わず、自然の仕組みを最大限に利用して行っている。農薬や化学肥料を使っていないというのは、インドネシアのみならず、世界的にも珍しいケースであろう。

森の保護と啓蒙活動でオランウータンを守る

森を守れば、オランウータンは守れるか。これには難しい問題がある。あまり知られていないことだが、カリマンタンの先住民であるダヤク族にとって、オランウータンは狩猟の対象であった。もちろん、食べるためである。

 これを知ったときは大変驚いた。もしタンパク源を欲しているのであれば、住民に牛や鶏を提供しようと提案したのだが、狩猟は慣習的に行われてきたもので、「狩猟という一種のホビーだ。だからタンパク源を提供しても意味がない」と専門家は言う。それならば、やはり、オランウータンの生息地となる森を我々で積極的に保護しようと決めた。もちろん同時に、住民への啓蒙活動も定期的に行っている。

オランウータン (Pongo pygmaeus)の親子 (2019年10月撮影)

 そのおかげか、2年に1回行っている専門家との個体数調査では、個体数の増加傾向が確認されている。ちなみに、オランウータンがヒトの影響を受けているかどうかを見極める指標の一つに寝床、つまり樹上の巣の高さがある。ヒトを恐れる、あるいは狩猟のターゲットとして狙われたことのあるオランウータンは一番高いところに巣を作る。一方、影響を受けていないオランウータンは、低いところにでも寝床を作る。我々が守っている森は、幸いにも低いところに寝床を見ることができる。

企業間の連携によりテングザルの生息域を保全

わたしたちの事業区を象徴する希少動物として、オランウータンの他にテングザルが挙げられる。オスの大きく長く伸びた鼻が特徴的なテングザルは川に近い樹上で生活するので、エコツーリズムの対象となっている。しかし、これも個体数が激減している。特に、西カリマンタンで顕著である。生息域が失われていることだけが理由ではない。違法な狩猟の対象になっているのである。

 テングザルは、1頭のオスと複数のメスで構成される群れ「ハーレム」で生活している。おおよそ15〜20 頭ぐらいだろうか。群れを形成するという特徴が、違法な狩猟の格好の的となっている。一つの群れを見つければ、一度に10 頭近くの獲物を得ることができるのである。NGO によれば、スッポン養殖のエサとして集められているとの話もある。オランウータンは、基本的にオスは単独で、メスは子供がいれば母子で行動する。一方、テングザルは群れで行動する。それがもたらした悲劇である。なお日本ではあまり知られていないテングザルの生態については、松田一希氏(現・中部大学)の研究に詳しい(『ナショナルジオグラフィック』掲載、「研究室」に行ってみたhttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20131203/375804/。2013年12月発行とやや古いがテングザルの生態を知るのに役に立つ)。

テングザルの「ハーレム」。後ろから2番目がオス。長く大きな鼻はオスだけの特徴。オスの体重は約20キログラムで、メスはその半分くらいの重さしかない [1] 出所:https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2018/201806/pdf/2018_06_p08-11.pdf

 現在、わたしたちはこの問題を深刻に捉え、テングザルの生息域となる川沿いの林を広く保全し、また他の民間企業らに働きかけ、テングザルが自由に行き来できるように緑の回廊をマングローブ林から北に位置する政府指定の保全林(下図赤色のコンサベーションエリア)まで繋げた。全長約60km にもなる。アイデアとしてはこれまで研究者やNGO の間で何度も語られてきたことだが、異なる経営方針を持ち、時に競争相手となる複数企業が連携して対応できたのは、実に稀な成功事例になったと自負している。

コンサベーションネットワークによるSDGs と自然資本 [2]
出所:https://sfc.jp/information/news/20201209_02_02.pdf

泳げないことの問題、泳げることの問題

最後にオランウータンとテングザルの違いをもう一つ紹介したい。それは、オランウータンは泳げず、テングザルは泳ぎが上手いということである。泳げないと、川が入り乱れているエリアでは生息域を拡大できず、森が失われた場合に逃げることができない。その意味でも、オランウータンを守るために特定の森を十分な面積で保護することがきわめて重要なのである。

 一方、泳ぎが上手いテングザルだが、悲しいことに、時に川で待ち構えているワニの餌食となってしまう。テングザルがいるところにはワニがいると、かつて専門家に教えてもらった。泳ぎが得意なのも問題である。