カパル第3回研究大会シンポジウム関連企画2】

吉野慶一(Dari K株式会社)

 以下は、今から5年前、創業後のDari Kがショップオープンを果たして5年が過ぎた2016年4月17日の節目に、ブログの『日々雑感』(https://www.dari-k.com/blog_ctg/blog/)に書いた文章に若干の修正を加えたものです。オリジナルのタイトルは「理想と現実の狭間で~Gap between Ideal and Reality~」でした。理想と現実の間のGapを埋めるために何をしたらよいかを考えました。やや古いブログですが、カパル第3回研究大会シンポジウムのテーマと呼応するものですので、ご紹介させていただきます。

_______________________________________________________

 このブログではこれまで好き勝手に私が思ったこと・感じたことを書いてきました。ショップオープン5年が過ぎた今回、忘備録としてあらためて書き留めておきたいのは、Dari Kで大切にしている「本質」を見る、ということについてです。なぜ大切にしているかというと、理想と現実の間にGapが存在する場合、これを埋めるヒントは「本質」を追求することによって見えてくる、と思うからです。ここでは、インドネシアのカカオ農家支援の現場、とくにカカオの「発酵」に関する支援について見たこと・考えたことを例に記します。

 ご存知の方も多いと思いますが、カカオは収穫後に果実を取り出して「発酵」させます。そうすることによりチョコレートにした時の香りが良くなります。インドネシアではカカオを発酵させていないばかりに、質が悪いとみなされ、安く買いたたかれてきたのも事実です。そこでDari Kは現地の人に発酵を教えて・・・etc――確かにそうなんです。発酵がカカオ豆の質に多大なる影響を与えるのに、その発酵をしていませんでした。だから発酵さえすれば、カカオ豆の質を向上させることができ、質が良くなれば、それは高値で売ることができます。

 これにより農家にとっても所得向上のメリットがある、Dari Kにとっても良い豆を信頼のおける農家から直接調達できるというメリットがある、お客さんにとっても美味しいチョコを食べられるというメリットがある、つまりwin-win-winですし、「三方よし」で良いビジネスモデルなんですよ、と。でも、この表現はいささかミスリーディングでもあります。というのは、「現地農家に発酵を教えさえすれば全てうまく行く」と思われるかもしれないからです。現地農家に足りないのは①「発酵するノウハウ(知識)」と②「発酵に必要な道具」。だからこの2つを提供しさえすれば、どの農家も質の良いカカオ豆を作れる。このロジック自体は正しいですし、ロジックに則って理想的な「三方よし」を想像することも可能です。でも現実には、この2つを提供したからといって、全てがうまく行くわけではないのです。

 下の写真は、2016年4月頭から中旬にかけて訪れたスラウェシのあるカカオ農家で撮った写真です。カカオを発酵するための大きな木箱が県政府から農家グループへ支給されています。

 ↓こちらは、天日干しだと雨季にはなかなかカカオを乾燥させられないので、薪を燃やし送風することで豆を乾燥させる大きなドライヤーです。これも県の農業局がカカオ生産者に無償で提供したものです。

 これらの発酵用木箱やドライヤーが配られたのはもう数年前のこと。実際に運び込まれたときは、農業局の役人やエクステンションワーカー(農家を回って指導する人)、発酵を指導するために雇われた講師、そしてドライヤーの使い方を教える人が来たそうです。 農家に聞くところによると、「どうやって発酵して、どうやって乾燥させるか手順を教え、実際に1度動かした」と。では、それからずっとこれらを使っているのか?と聞こうと思って中を覗き込むと・・・

 ゴミ箱になっていました・・・・ そしてドライヤーは・・・

 数回分の薪がドライヤーの中に入れられたまま・・・

 何回使ったのかと聞くと、木箱やドライヤーをもらったときの1度だけだと・・・

 また別の農家に行ってみると、ここでもカカオの小さめの発酵箱が配られていました。
 しかし、中はクモの巣が張っていて、長い間使っていないことは明白でした。

 「この前使ったのはいつか?」と聞くと、箱を裏返してチェスのように塗られたテーブルを指さしながら、たまにゲームをしていると。

 今やカカオの発酵用木箱は、ゲームの台になっていた!

 ①発酵のノウハウ(ソフト面)
 ②発酵するために必要な資材(ハード面)
 これらを提供すれば、農家はカカオの発酵に取り組む。このロジック自体は間違っていません。この2つのうち、どちらが欠けても発酵はできないためです。

 しかし、この2つは必要条件ではあっても、十分条件ではありません。必要十分条件にするには「発酵をしよう!発酵したい!」というモチベーションが不可欠です。そのモチベーションは何か?その最たるものは発酵することで収入が上がるという金銭的なインセンティブ。頑張って働いても、それが報われないのならやらない。それが農家の本音だからです。

 これまで国連系機関や各国の援助機関は、スラウェシの特産品であるカカオを輸出商材としてもっと付加価値を創出して育てようと、いろいろ調査をしてきました。そこでは「発酵」がキーファクターであることを突き止めています。そして発酵を可能にするために、付加価値創出という理想を実現するために、ノウハウと木箱の無償提供というスキームを遂行してきました。

 しかし、言い方は悪いですが、所詮それはビジネスのやり方ではありません。量(何人の農家に木箱を配布したか、何人の農家に発酵のやり方をレクチャーしたかという数)をoutputの目標にしてしまったところが問題でした。「量」のうち実際にどれだけの農家がずっと発酵を続けていくかが大事であって、質(実際に発酵をするようになった農家)をoutputにすべきであったし、そうしてはじめて、そのoutcome(上位目標)としてミクロレベルでは各農家所得の向上が、マクロレベルではカカオ産業の付加価値創出ができたはずです。

 また援助機関や開発NGOには「発酵して質が良くなったカカオ豆を相応の対価で買い取る」という出口の確保がなかったのも問題といえます。「発酵すれば豆の質がよくなるのだから、商社やメーカーは今より高く買ってくれるだろう」、そういう考えだったのでしょう。あるいは「そもそも俺らの仕事は発酵を広く普及させることだ。買い取るのは市場・ビジネスセクターの仕事だ」と自ら役割を区切っていたのかもしれません。 いずれにしろ、ノウハウも提供して発酵に必要な資材も配ったのに、農家が発酵に取り組むことはありませんでした。それが現実です。本来はカカオ豆を発酵させたら、必ずバイヤーは高く買い取るとウラ(証拠)を掴んでからやらないといけませんでした。ビジネスでは当たり前の話です。需要がないのに、モノだけ作って売ろうとするおバカさんはいません(そんなことをしたらすぐに倒産してしまいます)。出口(販路)の確保なくしてビジネスは成り立たないのですから。

 なぜバイヤーは発酵したカカオ豆を買わないのだろうか?買ってもらうためには何が必要なのか?バイヤーが悪いのか?あるいはその先にあるメーカーに理由があるのか?私はずっとこれらの問いに向き合ってきました。良いものを作ったのに買い手がつかないというのは何かボトルネックがあるはずです。そのボトルネックは何で、それはどのように是正できるのか?これを追求する先に「本質」が見え、「これが変われば世界が変わる」というヒント、つまり理想と現実を繋ぐヒントがあるはず。この点で「本質」の追求は非常にチャレンジングで面白く感じています。

 こうやって掘り下げていかないと、「本質」は見えてこないのだと思います。発酵について言えば、「なぜ農家は発酵のやり方を教わり、資材も揃っているのに発酵をしないのか」という問い。農家に発酵をさせるための「モチベーション」は・・・。農家だけではなく、サプライチェーンを見渡した時にアプローチすべきエージェントは・・・。

 先にモチベーションの最たるものは「金銭」、つまり発酵すれば高く売れる(収入が増える)ことだと述べました。だがモチベーションはお金だけではありません。1ha以上の土地を持ち、そこで自家消費用の作物であるトウガラシやイモ、果物などを栽培している農家にとっては、お金はあるに越したことはないですが、お金が全てではないのです。ましてやイスラーム教徒の彼らは概して金にそこまで執着していません(それより大事なものを持っているからです)。

 私は子供のころサッカー選手になりたいと思っていました。ちょうどJリーグが開幕したのが小学校の高学年のころ。毎日サッカーに明け暮れました。当然と言われればそれまでですが、サッカー選手になりたいと思ったのは、年俸数億円を稼ぎたいからではありません。ただ純粋にサッカーというスポーツが好きだったからです。自分が頑張り、他の仲間も頑張ることでどんどんうまくなっていく、それが楽しかったからです。

 じつはカカオ農家もそれと同じなんです。彼らがカカオ豆を発酵しない理由として、「発酵してもしなくても買取金額にほとんど差がないから、面倒な発酵をしない」という金銭的なインセンティブの欠如もあります。しかしそれ以上に、「発酵して良い豆を作った時にやりがいを感じない」からということもあるのです。そのやりがいとは何でしょうか?それは、カカオ豆のバイヤーからの「良いカカオ豆を作ってくれてありがとう」という言葉であったり、そのカカオで作ったチョコを食べた人からの「ありがとう」という感謝なのではないでしょうか。

 結局、人は自分のために頑張ることに対して限界があるんですよね、きっと。私がDari Kでヒーヒー言いながらも走り回っていられるのも、お客さんからの笑顔や励まし、カカオ農家の喜ぶ顔があるからです。別に自分さえ良ければいいのであれば、普通に就職して週休2日でのんびりした生活を選びます。

 よく思うのです。「自分の仕事が他の人を幸せにしている」、そう感じられるからこそ、もうひと頑張りできるのだと。You can go the extra mile only when you find what you’re doing makes others happy. 6年目を迎えたDari Kは、理想と現実を埋めるための「本質」をこれまで以上に求め続けていきたいと思います。

追記:

 最後に記したような思いもあり、Dari Kでは長いことインドネシアのカカオ農家の方を日本にお招きしたい、それもできたらバレンタインデーに合わせてお招きしたいと考えてきました。2018年、それがついに実現しました。その時の報告については、2018年2月16日付のブログ『日々雑感』「来日したカカオ農家がバレンタインに感じたこと」をご覧ください。

 じつは、このような実践はコロナ禍のなかでもさらに前進しています。関心のある方は是非以下をご覧ください:「~フルーツ発酵とブルーシートとクレイジーと~」 (ブログ『日々雑感』2020年12月23日)。フルーツ発酵したカカオから新しいチョコレートを作りました。昨年末、これを南スラウェシのカカオ農家の人たちに届けたときの話です。

 カカオ農家が自分の育てたカカオからできたチョコレートを食べる、当たり前のようで当たり前でなかったこと 「Dari K Vlog#1~Vlog#5」(2021年6月19-20日)。カカオ豆を入れると一瞬でサラサラのカカオ100%のペーストができるグラインダー機を開発しました。これを南スラウェシに持ち込み、カカオ農家の人たちの前で彼らのカカオ豆を使って実践。ペーストからチョコレートを作り「カカオ農家の、カカオ農家による、カカオ農家のための」チョコレートを試食してもらいました!