スマトラ横断鉄道について日本人によって書かれた初めての書籍-建設目的と使役されたロームシャ・捕虜の実態などを解明

江澤誠著 『「大東亜共栄圏」と幻のスマトラ鉄道―玉音放送の日に完成した第二の泰緬鉄道』 彩流社、2018、414頁、4,500円(税別)

江澤誠(評論家)

 スマトラ横断鉄道はアジア・太平洋戦争中、日本軍がインドネシア・スマトラ島に建設した全長255キロメートル(35キロの支線を含む)の鉄道である。日本軍によるスマトラ島の資源調査は同島攻略直後から行われており、マラッカ海峡側とインド洋側をつなぐ鉄道建設の必要性も提言されていた。鉄道の測量は1943年1月に、工事は日本の敗色が濃くなってきた1944年1月に始まり、完成は「玉音放送」の流れた1945年8月15日であった。

 同じアジアに住む日本人であっても、スマトラ島の位置を正確に示すことのできる人は多くはない。ましてやスマトラ横断鉄道の存在を知る人は少ない。泰緬鉄道が大本営の示達によってインパール作戦への関わりが明らかなのに比し、スマトラ横断鉄道に関する史資料は乏しく、建設目的など不明なことが多かった。スマトラ横断鉄道に関する先行研究には英語やオランダ語の情報はあるが、日本語文献にあたっていないので誤謬や推測が見受けられる。典型的な例は、オランダが計画していた鉄道企画案を日本軍が蘭印占領後に手に入れ、模倣したという誤謬であろう。また、日本がポツダム宣言を受け入れ無条件降伏した後も、スマトラ横断鉄道は沿線将兵のパカンバルへの移送や武装解除した武器集積のため、1946年3月26日まで運行されていたが、捕虜の証言に依拠する西洋の情報には1945年9月1日の運行が最後であったと誤記しているものがある。

 このため筆者は、鉄道敷設調査にあたった軍政顧問、測量や建設の鉄道連隊や特設鉄道隊、スマトラに軍政を敷いていた第25軍などが残した断片的な記録や、軍の指示で発行されていたスマトラ新聞、復員した鉄道連隊員の証言など、様々な史資料を収集・分析した。第1章から第5章では大日本帝国側の視点を主として、スマトラ横断鉄道の歴史的背景やその政治的な思惑などを論じた。また、第6章から第11章では、スマトラ横断鉄道建設が現地の人々や戦争捕虜に及ぼした影響について論じた。

 スマトラ横断鉄道建設の目的は、東京から「南方共栄圏」までを打通する大東亜縦貫鉄道構想を背景に、制空権・制海権の喪失によるスマトラ島とシンガポール間の代替輸送ルートとしての機能を持たせることのほかに、西スマトラのオンビリンやリアウのロガスの良質な粘結炭をマレー半島に搬送し、該地の鉄鉱石をあわせて本格的な製鉄所を立ち上げるというスマトラ島の石炭資源輸送が主な目的であったと筆者はみている。

 実際に敷設された鉄道のルートは産炭地近くを通っており、何より35キロの支線の終点は炭鉱である。加えて支線の完成を優先する密命があったという証言や、本線の開通に先立って支線を1945年2月に完成させて石炭をスマトラ横断鉄道起点の河港パカンバルに1日50トン送り出していたという記録がある。この目的の背景には、「大東亜共栄圏」が「日満支」と「南方」に分断され、物資の船舶輸送が不可能になったなかで、軍需物資の生産を東南アジアで行う必要性に迫られたことが考えられる。当時の南方には、マングローブを用いた木炭銑による製鉄しかなかったのである。しかし、石炭を連合国に制空権・制海権を脅かされたマラッカ海峡を渡海させることは困難であり、本線の開通も「大東亜共栄圏」の崩壊が伝えられた1945年8月15日であった。

 本書では、スマトラ横断鉄道建設が現地の人々や戦争捕虜に及ぼした影響についても論じた。スマトラ横断鉄道沿線に14か所ほどあったと考えられる「俘虜収容所」において、銘々票によって管理されていた捕虜は日本軍によってカウントされており、犠牲者数も明らかである。しかし、ジャワ島やスマトラ島から徴発されたロームシャはカウントされることもなかったため(これは泰緬鉄道建設などでも同じである)、強制労働に服したロームシャ数や犠牲者数についてはこれまではっきりしていなかった。筆者はロームシャについて、様々な史資料からスマトラ横断鉄道建設での労働実態と、考えられうる犠牲者数を本書で示した。

 アジア・太平洋戦争に伴う日本の加害と植民地や占領地の被害の問題は、戦後70数年が経過した今日でも論争が絶えず、国家間の争いの元にもなっている。そして、スマトラ横断鉄道の調査・執筆にあたって明らかになったことの一つは、まだ明らかになっていない加害と被害の問題が存在するということであり、経年の点で解明しうる限界のところに来ていることである。なお、筆者はPOW(戦争捕虜)研究会の会員で、2019年6月には「スマトラ横断鉄道研究会」(https://sumaterarailway.wordpress.com/)を設立し、本書上梓以後同鉄道に関し新たな追究を行っている。また、加藤剛氏や柿崎一郎氏ほかによりいくつかの書評が書かれているので、併せて読んでいただければ幸いである(http://www5d.biglobe.ne.jp/~ezawa/newpage10.htm)。