生活の「柔軟性」という焼畑民の生計論理を明らかにし、開発や熱帯林保全のあり方に新たな指針を提示する一冊
寺内大左(筑波大学人文社会系 准教授)
本書の内容紹介
2000年以降、カリマンタンの熱帯林と焼畑社会は、企業の大規模なアブラヤシ農園開発と石炭開発によって根本から改変されています。これらの大規模開発は熱帯林を皆伐するので、焼畑民の土地利用と相容れません。また、開発とともに道路整備もすすみ、焼畑社会の市場経済化も進んでいます。市場経済化の中で社会関係や人々の価値観に変化が生じています。カリマンタンの熱帯林と焼畑社会は岐路に立たされているのです。
一方で、カリマンタンの熱帯林と焼畑社会の行く末は、焼畑民の判断に大きく委ねられるようになりました。スハルト独裁政権時代は、地元住民が企業の開発に反対すると警察や軍隊が出動して、暴力的に反対運動を抑圧する時代でした。しかし、1998年のスハルト政権崩壊以降、民主化・地方分権化が進み、焼畑民は企業の開発に対して受容・拒否の意思を表明することができるようになったのです。
開発に直面した焼畑民は何を考え、どのように生きているのか。本書は焼畑民がよりよい生活を求めて試行錯誤する姿(生計戦略)を民族誌的に明らかにしました。具体的には、農学、農村開発学、環境社会学、経済人類学のディシプリンを援用しながら、焼畑民の①自然資源利用、②企業の開発への対応、③慣習的な資源利用制度、④労働形態、⑤日常の贈与・交換慣行の試行錯誤の実態を明らかにしました。そして、外部者の視点や価値観(例えば、森林破壊や経済発展、人権侵害など)から開発を議論するのではなく、焼畑民の視点から開発の意味や問題を捉え直し、今後の熱帯林と焼畑社会の展望について考察しました。
本書は焼畑民の一村に合計一年二カ月間滞在した長期フィールド調査の成果です。たった一村だからこそできる現場の深い理解を目指しました。村でのフィールドワークでは村の方々の言動に対して感じた違和感や矛盾と向き合いながら、その背後にどのような論理や合理性があるのかを理解するように努めました。例えば、焼畑跡地や休閑林・樹園地が広がる集落周辺地域では、村の方々は企業のアブラヤシ農園開発を拒否する意向でした。一方で、村の方々は自分でアブラヤシの苗を調達してきて焼畑跡地に植え、アブラヤシ生産しようとしていたのでした。それならばなぜ開発を受容しないのだろうか…。また、多くの人が「ラタンはお金にならないから収穫しない」と言っていました。しかし、ラタンの仲買人の帳簿を確認すると多くの人が少量のラタンを散発的に売りに来ていることがわかりました。言っていることとやっていることが矛盾している…。さらに、「現金に困っている人に(石炭企業の)補償金を贈与して助けていれば、自分や子供が将来困ったときにその人が助けてくれる」と言って、村外からくる野菜売りの商人に補償金を贈与している人がいました。なぜどこかに行ってしまう可能性が高い(=自分や子供が将来困ったときに助けてくれない可能性が高い)村外の商人に補償金を贈与するのか…。村での生活の中で出会った様々な「?」に向き合うことで、彼ら/彼女らならではの考え方がだんだん見えてくるようになりました。
出版後の反応と変化
出版直後は恐ろしくて本を開くことができませんでした。「誤字脱字やおかしな表現がないか」と不安でしたし、「もっと知識があればもっとよく書けたのに」と打ちひしがれていました。
しかし、うれしいことに今のところ内容面では一定の評価をいただけているようです。本書は第13回地域研究コンソーシアム賞(登竜賞)と第27回国際開発研究・大来賞を受賞しました。また、生方氏(2023)に書評を書いていただき、開発の中での焼畑民の試行錯誤は『文明の衝突』(ハンチントン 1998)や、Society1.0/2.0とSociety3.0/4.0の衝突とみることもできること、焼畑民の多様で柔軟な対応は同時代を生きる私たちにも通じるところがあることなどを指摘していただきました。本書はカリマンタン地域研究の本ですが、より広い地平に本書を位置づけて論じていただき、私自身にとっても本書を見つめ直すよい機会となりました。人にどう読まれるのかびくびくしていましたが、少しずつ本書を介したコミュニケーションを楽しむことができるようになってきました。お会いしたことがない方から「すぐにでもカリマンタンに飛んでいきたくなりました」とご感想を寄せていただいたときはうれしかったです。
もしこの自著紹介を読んで興味を持たれた方がいるようでしたら、お手に取って読んでいただけると嬉しいです。そして、カパル研究大会でお会いし、直接お話しできればうれしく思います。
参考文献
- 生方史数(2023)「寺内大左著『開発の森を生きる―インドネシア・カリマンタン 焼畑民の民族誌』(書評)」.『林業経済』, 76(9), 22-26.
- ハンチントン、S.(1998)『文明の衝突』.集英社.