本大会は、一日目に個人の自由研究発表が19件(5セッション)、パネル発表1件、ライトニング・トークが7件あり、二日目には2件のシンポジウムが企画され、とても密度の濃い研究大会であった。個人的には5年ぶりの対面参加となった本大会では、改めてカパルという集まりの特殊性や良さを実感した。特にいずれの発表も学問分野や地域、また所属や世代を越えて、インドネシアという共通の興味・関心について様々な角度から議論する場となっていたことが印象的である。拝聴したすべてのプログラムに関するコメントはできず恐縮だが、ここでは主に一日目の自由発表をいくつか取り上げながら、集合知としてのカパル研究大会をふりかえってみたい。

 たとえばセッションAの柴山元さんの発表では、台湾に点在するインドネシア商店を取り上げ、そこに集うインドネシア出身者らの非経済的/経済的な日常的実践を通して、かれらが生成・活用するつながりに関する報告がなされた。柴山さん自身が研究の背景として説明したように、現代台湾社会におけるインドネシア出身者らに関する研究では、かれらの国籍やエスニシティ、宗教、移民の背景などが多様であるため人類学や社会学、政策研究、華僑華人研究といった既存の研究枠組みを越えた視点が重要になるという。こうした点は、カパルのような学際的な研究者の集まりでこそ議論されるべきだろう。実際に質疑応答の場では、インドネシア出身者らの使用言語やエスニック・アイデンティティ、各商店のすみ分け、華人との関係性といった多角的な議論がなされた。

 またセッションBの加藤久美子さんの発表では、海上や海辺に暮らす人々の居住空間の考察を通して南東スラウェシのバジョ集落における空間認識についての報告がなされた。本報告を通して、自らが住んだり所有したりする空間は国や自治体が定める規則によって明確にされることもあるが、当該地域の人々にとっては、自らの土地や居住空間は自身と周辺住民あるいは自身と海や陸などの周辺環境との相対的な位置によって決められる場合もあることが指摘された。こうしたいわば在地の論理が働く社会空間は、近代的な制度を調査するだけでは土地の範囲設定や共有方法、また空間に密接したコスモロジーを理解することが難しく、その意味で加藤さんの報告も学際的な論点を含む発表であった。また続く中野真備さんの発表は、加藤さんと同じくスラウェシ周辺海域を扱ったものであったが、バンガイ諸島におけるシマダコ漁とその流通という異なる切り口から、グローバルな海産物市場とローカルな漁業/漁撈実践の動態を明らかにしたものであった。本発表後の質疑応答では現代インドネシア海域社会を取り巻く重層的な文脈が議論された。

 さらに一日目最後のプログラムであった若手研究者らによるライトニング・トークでは、現代インドネシアにおけるイスラームやカトリックなどの宗教実践を扱った研究や、文化遺産の利活用、科学的実践、集合住宅地での交流などを通して形成される地域コミュニティやつながりを扱った研究などが紹介され、全体的に分野を横断するテーマが多い印象であった。いずれも多民族・多言語・多宗教といったインドネシアの多様性が反映された興味深い研究である。これらの研究は、場合によっては宗教学や社会学、文化遺産学、芸術といった各分野で個別に論じられることもあるだろうが、画一的に論じることができないインドネシアやインドネシアに関する事柄を理解するさいには、カパルのような場で異なる学問分野や地域を専門とする人々が文字通り一堂に会して様々な研究手法や事例、情報を持ち寄ることが、若手に限らず重要な機会となっているだろう。

 私が調査している南スラウェシの船づくりでは、多くの場合、複数の船大工が協働して一隻の船を造る。船大工らは学校などの専門機関で船づくりを学んでいるわけではなく、実践を通して技能を習得するため、各自が持つ技術や知識、経験にはムラがある。そのため人によって扱いが得意な道具や、製造経験の多い船の種類が異なるが、かれらは互いにその技術や知識、経験を持ち寄り、一隻の船を造り上げる。カパル研究大会はまさに各自の知見を持ち寄ることで、一つの大会が形を成しているように思う。船大工らが船をつくりたいと思うように、カパルに集う人は何かしらの形で「インドネシアやインドネシアに関わる人びとを理解したい」と思っているのではないだろうか。その過程ではときに意見や手法の相違もあるだろうが、様々な属性や境界を越えて互いに尊重しながらインドネシアという共通する興味や関心について情報を持ち寄り、議論する場として、船〈カパル〉の意義は大きいだろう。

 なお船づくりでは、実際に船をつくり出す前から人手を集めたり材料を調達したり様々な準備が必要である。本大会も各種事務手続きや会場運営等々の多くの準備があったことと思う。会場となった立命館大学をはじめ、運営委員の方々に心より感謝申し上げます。