KAPAL第5回研究大会にて、シンポジウム「変わりゆく日本への移住労働―技能実習・特定技能の事例から」が開催された。登壇者を代表して、以下ではシンポジウムの概要についてお伝えしたい。

 今回のシンポジウムでインドネシアから日本への移住労働に焦点を当てた最大の理由は、その代表格とも言える技能実習制度の見直しが行われているからである。

 技能実習制度は、発展途上国からやってきた若者たちを「実習生」として受け入れ、日本で働きながら学んだ技術を母国へと移転することを謳ったプログラムである。しかし、よく知られているように、実際には日本国内の人材不足を補うために使われている場合が多く、その理念と実態の乖離が批判されることがある。さらには、日本への渡航時に高額な手数料を斡旋業者に支払わされたり、不当に安い賃金で働いていたり、残業代の未払い、職場での虐待といった人権問題も指摘されている。

 日本政府は、米国同時多発テロを機に従来の技能研修・実習制度の見直しを迫られ、2010年に技能研修を廃して技能実習のみ3年間実施する制度へと改革した。その後、安倍政権下で技能実習生は再び増大していくが2017年に実習終了後も日本で働き続けられる新査証「特定技能」への切り替えが提案された。そして2023年11月、日本政府の有識者会議が技能実習制度に代わる新たな移住労働プログラムの創設が望ましいとして、労働者による派遣先企業の転籍を認めることや、特定技能への連続性を高めることが提案されている。

 これらの変化は、将来的に技能実習制度を廃止し外国人労働者の受け入れ拡大をめざした制度改革の一環である。だが一方で、日本企業の転職期間に対する強い抵抗がみられたほか、技能実習生の送り出し諸国における利権問題なども関わり、制度の隙間を利用したかたちでの搾取が行われる可能性もある。今回のシンポジウムでは、こうした問題をふまえて、制度改革に対するインドネシア側の反応や、技能実習生たちの日本での生活、帰国後のキャリア形成などを取り上げ、現時点での課題と展望を検討した。

 シンポジウムでは、西川慧(石巻専修大学)による導入ののち、奥島美夏(天理大学)(敬称略 以下同様)によって、これまでのインドネシアから日本への移住労働の軌跡が概説された。特に技能実習生の渡航において斡旋企業が横行することで紹介料や事前研修料が給料から天引きされてしまうこと、習得するスキルや外国語である日本語での表現能力が低いために帰国後に母国で役立たないケースや、場合によっては失踪防止のために保証金やパスポートの差し押さえが行われるケースがあることなどが指摘された。そして、新たな制度が設立されるにあたり、日本側だけではなくインドネシア側にとっても有益なものになっていくために、研究者としてどのような貢献をすることができるのかを検討するというシンポジウムの趣旨が提示された。

 続く発表者であるAndi Holik Ramdani(橋本財団)は、インドネシア労働省や送り出し機関での調査を通して、特定技能や、新しく設定されるであろう制度に向けたインドネシア側の要望と準備状況について報告した。特に2018年から始まった特定技能をめぐっては、現在に至るまでインドネシア政府による制度調整が続いている。特定技能の労働者を送り出すためには政府の認可を得なければならないが、条件の厳しさゆえに認可を得た機関は多くはない。それゆえ、送り出し機関のあいだでの連携が必要になっており、負担が増えてしまっているという。

 また、新設される制度については、インドネシア政府側は移住労働者がこれまでよりも高い日本語能力を獲得することができることを希望している。それゆえ、日本側に対して充実した日本語教育を実現するための協力を期待しているという。さらには、新たな制度がインドネシア労働省のなかでどの部局の担当になるのかで混乱が生じていることも報告された。

 西川慧の発表では、西ジャワ州から宮城県石巻市の沿岸漁業への移住労働について報告が行われた。石巻市周辺の沿岸漁業における移住労働者の受け入れは、渡航に必要な経費がほとんど発生しないことなどから「搾取ではないモデルケース」としてメディアなどの注目を集めている。発表では、「モデルケース」を支えているのが石巻と西ジャワ州による自治体間の協定であり、その協定はキーパーソン間の個人的なネットワークによって実現したこと、さらに移住労働者たちは多くが同郷者であり、地元の社会関係が石巻でも再現される傾向が報告された。日本において同郷者ネットワークが構築されていくことは、移住労働者のみならず受け入れ側としてもメリットがあると予想されることから、同様の取り組みは日本のほかの地域にも広がっていく可能性があることが論じられた。

 合地幸子(東洋大学)の発表では、特定技能への切り替えの難しさをめぐる報告が行われた。報告では、一度帰国した技能実習生が特定技能の労働者として再び日本へやってくるために正規のルートとは異なる方法を選択し、結果としてそれを手引きしたインドネシア人に搾取されていく様子がライフストーリーをもとに詳細に論じられた。事例を踏まえたうえで、新制度の柱として議論されている転籍/転職については、それがいかに難しいのか考慮すべきだという点が主張された。そうでなければ、転職斡旋ビジネスの温床になってしまう可能性があると警鐘を鳴らす。

 山口裕子(北九州市立大学)による発表では、移住労働者たちの帰国後の再統合について東南スラウェシ州の事例をもとに論じられた。東南スラウェシ州の村落部では、元移住労働者たちは日本で得た資金をもとに事業を始めるものの、時間の経過とともに故地の経済と社会構造に吸収されていくという。一方の都市部では、元移住労働者たちは、「経験を生かす」ことができる事業として送り出し機関を設立する傾向があり、その数は増え続け、現在では飽和状態となっている。以上の元移住労働者たちの取り組みはインドネシア政府が期待するような起業家精神に則ったものである一方で、日本で得たスキルを直接生かすものではない。

 新制度のもとでは移住労働者たちの日本での滞在が中長期的なものへとシフトしていくことが予想されることから、インドネシア政府が期待するような帰国後に母国の発展に寄与する方向とは異なっていく可能性が高い。それを踏まえて、インドネシア政府からの期待にどのように答えていくのか考えていく必要があるという。他国でも労働人材の受け入れが加速していくなかで、日本がインドネシアの人びとから移住労働先として選ばれる国を目指すのであれば、これまでの受け入れのグッド・プラクティスから学ぶことや、外国人を従属的に包摂する社会風土を改善していくことなどが必要であろう。

 以上5名の発表に対して、技能実習制度について研究をおこなっているWaode Hanifah Istiqomah(一橋大学/橋本財団)からコメントが行われた。コメントでは、日本への移住労働が搾取的な構造に陥らないためにはどのような対応が必要になってくるのかという観点から質問が行われた。特に、新制度のもとでは転職/転籍が可能になることから、受け入れ企業による管理が強まることが予想されるのではないかという詳細なコメントや、ほかの受け入れ国と比べて男性の割合が高い技能実習制度についてジェンダーの視点から読み解いていくことの重要性が指摘された。フロアからも、移住労働者に対する保護が管理的な性質を帯びてしまう可能性や、実際に来日している移住労働者たちは現在の状況についてどのように捉えているのかなど、意見が交わされた。

 技能実習制度の見直しが行われている現在、移住労働にまつわる事柄を改善していくことができる絶好の機会でもある。自らの研究テーマとしていなくとも、教育や日常生活のなかでインドネシアからの移住労働者とかかわりのあるカパルのメンバーも多いだろう。インドネシアに関わる人びとが集うカパルにおいて、今後もウェブサイトやメーリングリストを通じて移住労働に関する情報や意見交換を継続していくことは大きな意味を持つと考えられる。これを機に、様々な議論が行われることを期待したい。