今回は、筆者も発表者として参加したシンポジウム「2024 年選挙とジョコウィ政権の 10 年 」について、ご紹介したい。
2014年から続いたジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、インフラ整備などの成果が評価され、高い支持率を保ち続けた。一方で、「民主主義の後退」が政治をみるキーワードにもなった。2024年の大統領選挙では、プラボウォ・スビアント(プラボウォ)がジョコウィの息子であるギブラン・ラカブミン・ラカ(ギブラン)を副大統領候補として擁立し、得票率約60%で圧勝した。本名(立命館大学)による導入では、ジョコウィ政権の10年間を振り返りながら2024年選挙を考察するというシンポジウムの目標が提示された。
プラボウォ・ギブランの圧勝は、「ジョコウィ効果」による影響が大きい。ジョコウィ効果とは、以前の選挙でジョコウィに与えられていた支持がジョコウィ路線を引き継いだプラボウォ・ギブランへと流れたプロセスである。こうした投票行動の特徴について、最初の登壇者の東方(アジア経済研究所)が概説した。県市レベル投票結果と貧困線の推移の分析から、ジョコウィ政権下で経済状況が向上した県市ほど、ジョコウィ効果によってプラボウォ・ギブラン票が優位になる傾向が明らかになった。
2017年のジャカルタ州知事選挙を境に、世俗色を持つジョコウィ政権にとって、イスラーム勢力が潜在的脅威となっていた。以降、ジョコウィ政権は、イスラーム勢力を抑制する措置を講じてきた。茅根(筑波大学)が着目したのは、ジョコウィとナフダトゥル・ウラマ(NU)の急接近であった。ジョコウィは、二期目からマアルフ・アミン(元NU総裁)を副大統領の座に据えた。また、政権に非協力的な人物を排除し、忠実な人物を出世させた。こうしてNUが政権のパートナーと化したことが示された。
今回の総選挙では、政治家家系の影響の拡大が注目された。ジョコウィの息子ギブランが副大統領に当選したことは、ジョコウィ家の政治家家系を継続させる動きとされている。同様に、国会議員の間でも親族内で政治基盤を継承するケースが多かった。続く登壇者の森下(同志社大学)は、1999年以降の国会議員プロフィールを分析し、2024年に選出された議員の特徴を説明した。政治家家系からの候補者増加は、世俗的政党や地方で特に顕著であることが指摘された。
これまでプラボウォは、元軍人として、強い指導者のイメージ戦略を展開し大統領選に2回挑んできた。3度目の今回は、そのイメージを一新した。歌って踊れる「かわいらしい(gemoy)」キャラを売り出し、ギブランと組むことで、ミレニアル・Z世代を合わせて有権者の半数以上を占める若い世代にアピールした。岡本・久納(京都大学)は、Z世代の利用者が多いソーシャル・メディアTikTokから大統領選挙に関連する動画を収集し、各陣営の動画再生数を比較することで(筆者担当)、プラボウォ・ギブラン陣営の動画再生数が群を抜いて高いことを示した。このことから、TikTokがプラボウォ・ギブラン陣営の選挙戦略の主戦場になっていたことを論じた。
以上の報告に対して、増原(亜細亜大学)と水野(アジア経済研究所)がコメントした。ジョコウィ効果について、それが、ジョコウィの人物によるものか、政権の実績に基づくものかが議論された。一族支配の拡大と地方分権化の関係性について、また、NU有力者の個人間関係に関する詳細な質問があった。TikTokに関しては、選挙結果との因果関係や選挙動画が「バズる」要因について問いが投げかけられた。フロアを交えた質疑応答では、10年間の総括点に関して議論が展開され、登壇者それぞれの意見が交わされた。個人的には、分断なき政治的競争の可能性やソーシャル・メディア間の分断がもたらす影響など「政治と分断の行末」に関する問いが興味深かった。
1999年以降、インドネシアの総選挙は、2024年で5回目を迎えた。25年間の選挙民主主義の浸透を経た今回の総選挙では、宗教による分極化は弱まり、代わりに、政治家家系、そして、若年層の影響力が顕著化した。このように、インドネシア政治において、変化し続ける側面と、これまでの傾向が深化する側面を見定めることは、重要な課題である。今回のシンポジウムでは、この課題について有意義な議論が展開されたと筆者は考える。