聞き手: 中野真備(京都大学大学院・院生)、加藤久美子(上智大学大学院・特別研究員)
モデレーター:貞好康志(神戸大学)

「松井和久さんに聞く 「つなぐ人」の可能性(前編)」はこちらからご覧ください。

地域研究とはなにか:宮本常一に学ぶ

——中野:ここまで話を伺ってきて、今の松井さんの「つなぐ」人を目指そうという姿勢は、「地域のプロ」としてインドネシアに関わった松井さんの経験があってこそなのだなと思いました。では、カタリストという立場からみると、「地域研究」はどう見えているのでしょうか?

「地域のプロ」っていうのは、地域のことを何でも知ってるとか、理解してると思いがちなんですけども、必ずしもそうではないと思うんですよね。先入観をもって接するのではなく、そこの人たちと誠意をもって真摯に、相手を尊敬しながら、その相手の様々なものをできるだけそのまま自分なりに受け止めるというか。そういう態度が一番重要なんじゃないかなと思います。 

もともと私は宮本常一が好きなんです。彼の素晴らしいところは、そこの人から話を聞く時の態度ですよね。彼は、初めて会った相手に、もっとお話をしたいと思わせるような、信頼できる人だと思わせるような何かを持っているわけじゃないですか。そして、あくまでその地域の人たちに教わりに入るという態度。それが、私の目指しているところかなと思うんです。

私にとっても相手にとっても、一緒に会って対話をしたひとつひとつの瞬間が、とても大事な時間だった、いい時間だったって思えるような、そういう時間を積み重ねていきたいなと思っています。学術的な意図ばかりを軸に据えて相手に接して、その地域のことをアカデミックな意味で深く知る、という意味では、私は地域研究者としては失格なのかもしれません。

それと、「搾取」っていう言葉は、アジ研に入った時からずっと意識してきました。インドネシアの人たちは単に研究の材料を集めるための対象でしかないのか。自分たちが、インドネシアと関わる事によって、こういう地域になって欲しいと思っていることを、日本語で書いているだけでいいのか。日本から来た専門家が、インドネシアの人々とどのように接しているかなんて日本からは見えないわけで、そのせいか、こういうことは日本人の間ではあまり気にされていないように感じます。

私にとって、インドネシアで出会った人々との関係が決定的に変わったのは、マカッサルに長期で住み始めてからです。通貨危機のときもそうですが、危機的な状況になって、いろんな人々とより親身に関わるようになりました。1997年9月、マカッサルでかなり大規模な反華人暴動が起こって、間違えて日本人の家に石が投げられることもありました。そのとき、近所の人たちが協力して連日夜回りをし、近所同士で夜回りする若者たちに食事を毎晩用意したりしました。イスラム教徒である運転手は3日間我が家に泊まり込み、大勢の集団が家の前を通るたびに「アッラーアクバル!」と叫んでくれました。お手伝いは私の娘を家の奥に招いて一日中ずっと遊んでくれて、トラウマが残らないように配慮してくれました。私たち家族は様々な人々に助けてもらったのです。

これはほんの一例に過ぎませんが、こうしたことが数え切れないほど色々あって、この人たちと一生付き合っていく覚悟ができたのです。もう彼らを単なる自分の仕事や研究の対象としてだけ見ることはできなくなって、いわゆる「開発協力専門家」のような立場、視点にも違和感を覚えるようになりました。それよりも、自分としてはもっと、その地域の人たちと一緒になって何かをやりたい、それをまた日本の地域や人とつなげていきたいと思って、それが「一村一品運動」などを例とするローカルを意識した活動や今の「よりどりインドネシア」などの活動につながっているように思います[1] … Continue reading

「インドネシアニスト」としてどう生きるか:大学院生へ

——中野・加藤:そうなんですね。私たちは今、地域研究を専攻する大学院生という立場にあります。松井さんのお話を聞いて、研究や調査の対象としてではない、インドネシア、ローカルとの関わり方というものについて考えさせられました。

大学院生の皆さんは、日本の大学の様々なしがらみの中で、どうやって就職をしていこうかと考えていることと思います。そこで例えば、皆さんのような若手インドネシアニスト、どんな立場や分野、国籍であれ、インドネシアを研究している人がいる、研究者ではないけどもこんな風にインドネシアに関わっている人がいるということが、インドネシア人の研究者など色々な人やインドネシア社会に認知されれば、もっと広く関係をつなげていくことができるのではないか。

世界中のインドネシアニストが集まってインドネシア語で発信するようなことになったら面白いだろうなって思います。そういう展開の種をいろんなところに作っていくことは、割と容易に、今はできる時代じゃないかと思っています。それも、「つなぐ」っていう話の一環かなと個人的には思っています。

——中野・加藤:松井さんが今おっしゃった「インドネシアニスト」という表現はとても興味深いですね。いろんなかたちでインドネシアと関わって生きている人をみんな含んでいる。それが、松井さんが主宰されている「よりどりインドネシア」やそのオフ会などの場を通じてつながっていく。私や加藤さんのような、学年的に今後の身の振り方を考えなければならない大学院生にとっては、なんだか希望の持てる話です。
研究者になる以外に、自分たちが培ってきた経験を活かして、どうやってインドネシアと関わり続けられるのかということは、すごく悩ましい問題なんです。松井さんから私たち大学院生に対して何かアドバイスはありますか?

アジ研に入ってしばらくしたときに、私の尊敬している大先輩のインド研究者に「どうしてアジ研の研究者って、アジ研を辞めた後、みんな大学の先生になっちゃうのかな。プロフェッショナルなジャーナリストになったっていいし、実業家になったっていいし、いろんな選択肢があるはずなのに」と言われたことがあるんです。その言葉を、ずっと私は意識してきました。

もう一つは、自分を「地域研究者」と一つのものに抑えてしまうのではなくて、いろんなことをやれる、様々な顔を持つ、多面的な自分を作っておいたらいいんじゃないかなと思うんですよね。地域研究者でありながらビジネスやっていますとか、地域研究者でありながら新聞記事やエッセイも書いてますとか。

私も、別にインドネシアの研究をやめてるわけではないし、一応自分なりに大事だと思うことは何らかの形で書き続けています。大事なことは、インドネシアで私たちが接してきた人たちが、もっと幸せになるにはどういう世界になったらいいのか。あるいは、自分が研究することは、もっといい世の中をつくることにどうつながっていくのだろうか、というようなことを、素直に考えられる余裕を持つことかもしれません。

カパルへのメッセージ

——中野・加藤:今日の松井さんのお話をふまえると、カパルは本当に多様なインドネシアニストが集まる場であるとあらためて気づきました。実践者でもあり、研究者でもある松井さんがカパル に期待することは何ですか?

もし、研究者以外にも実践者や、インドネシアを好きな人たちにも集まってもらうのであれば、そういう人たちがとっつきやすい場が必要じゃないかなと思いますね。

研究大会にインドネシア語のセッションがあってもいいんじゃないかな。そうすると、もっとインドネシア側にひらかれていく形になるし、そういうところに、他の国のインドネシアニストが集まってくるようなことにもなってくるんじゃないかな。

——中野・加藤:そうですね。そうしてまた、これからの新しい「インドネシアニスト」の生きかたも、さらに多くの人に共有され、模索されていくのかもしれませんね。地域研究のこと、研究者として、インドネシアニストとして、どのようにローカルと関係を築き上げていくかということについて、改めて考える機会となりました。今この時期に、お話をうかがえて本当によかったです。今日は、ありがとうございました!

インタビュワー

  • 中野真備(なかの・まきび)
    1992年生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士一貫課程所属。専門はサマ/バジャウ人漁師の環境認識。
  • 加藤久美子(かとう・くみこ)
    1990年生まれ。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科特別研究員(PD)(2021年4月~)。専門はバジョの儀礼や観光化に関する文化人類学的研究。
右上から時計回りに、中野真備、松井和久、加藤久美子、貞好康志(敬称略)

インタビューを終えて

日本でコロナウイルスが確認されてから1年が経とうとしています。思うように研究を進められず、途方にくれた院生も多いのではないでしょうか。今回、松井さんにお話を伺って、今この状況でもできることを模索していく力強さと情熱を感じることができました。そして、これまでお世話になってきた方々と「一緒に何かをやる」こと、いわゆる「研究職」以外にも「インドネシアニスト」でありつづける方法は多様であることを示していただきました。本記事でお届けしてきた松井さんの言葉が、同じように思い悩む院生や、何らかのかたちでインドネシアとかかわり続けたいと思う皆さまにも響き、またここから新しい輪を「つなぐ」ことができれば幸いです。(中野・加藤記)

松井和久さんより

今回のインタビューは全く思いがけないものでしたので、果たしてこんな自分の話が何かお役に立つものなのか、いまも自問し続けています。それでも、もし万が一ご興味があるようでしたら、いつでもお気軽に連絡をいただければ幸いです。
連絡先:kazuhisa.matsui[★]yahoo.com([★]を@に変更して送ってください)

参考情報
松井グローカル合同会社 https://matsui-glocal.com

脚注[+]