二度の延期を経て開催された第2回研究大会は、暗闇のなか手探りの航海であったといえよう。台風の直撃、そして新型コロナウイルス感染症の世界的流行と、不運にも開催中止を余儀なくされ、2020年11月28、29日についに開催された第2回大会は、Zoomを用いたオンライン開催というKAPAL初の試みとなった。何よりもまず、直前まで開催方法について審議を重ね、可能な限り参加者の声を拾おうとアンケート等を実施し、準備に奔走してくださった大会運営委員の方々に、心より感謝を申し上げたい。

 新型コロナウイルス感染症の収束の目処が立たない今日、今後もなにかしらの形でオンラインの催しが検討される可能性は否定できない。そうでなくとも、オンライン開催という試みの記録という意味合いもこめて、本研究大会の発表者のひとりとしての感想をここに書き留めておきたい。

 冒頭で述べたように、本研究大会は大盛況のうちにおわったと思う。そのうえで、発表者の視点から気づいたことを挙げるとすれば、質疑応答の課題と、懇親会の日時設定の2点がある。

 本研究大会では、1つのセッションに最大3名の発表者が設定され、各発表30分、Zoomチャット機能を用いた質疑応答10分というプログラムが構成されている。発表中にも質問が書き込まれるということ、そしてチャットという特性上、残り時間や質疑の数を見計らって書き込むわけではない、という点が、対面開催とは異なる。そのため、1つの発表に対して多くの質問が書き込まれることがある。私の発表に対しても、多くの質問をいただいた。10分という制約のなか可能な限り回答したが、時間の都合上、2名の質問には答えることができなかった。

 問題は、その後である。司会から、残りの質問についてはそれぞれでやりとりをするよう案内があった後、ここではたと気づいた。対面開催であれば、セッション終了後に質問者のところへ行き、挨拶や名刺交換などしながら、お答えしたり、補足をおこなったりすることができる。ところがオンライン開催では、そのようなインフォーマルな場は生まれない。時間がきたらそこでセッションは終了で、参加者は次々にミーティングルームから退出していく。私の場合はセッションの最後の発表者だったので、チャットで返信することもできなかった。正確には、せめてチャットで返信しようとしたが、1名はすでに退出し、1名は、文章中に名前の記載があったものの、アカウント名は会場担当者だったために、セッション終了後もそのアカウント名を使用しているユーザーが質問者なのかわからなかった。また、前者は個人的に関係のある同世代だったので、すぐに別のS N Sを用いて連絡をすることができた。しかし、後者はこれまで話したことのない研究者だったために、直接連絡をすることもできなかった。結果として、ほとんど誰もいないミーティングルームのチャットに、後者宛の私の回答だけが残ってしまった。質疑応答が途中で終わってしまった発表後に、会場の人々が一斉に退出し、自分だけ教壇の前に取り残されているところを想像していただきたい。これはなかなかやりきれないものがあった。これまで連絡をとりあう関係ではなかった後者のような方にこそ、挨拶をし、回答をするなどやりとりをしたかったが、それが叶わなかったことは非常に残念であった。特に私のように大学院生の場合、連絡先がわからない研究者がほとんどで、気軽に連絡できるわけでもない。親しい研究者からは、大会終了後に個別にメールをいただくこともあり、これは大変ありがたいことであった。それでも、やはり質疑応答とその後のインフォーマルな対話については心残りである。

 そもそも、おそらく計算外であったのは、本研究大会の質疑応答が極めて活発におこなわれたことだろう。今年度はあちこちのオンライン研究会や学会に参加してみたが、時間内に収まるくらいの質問しか書き込まれなかった。本研究大会は、分野は様々でもインドネシアという地域が共通しているために、分野外の内容に関しても、自身の調査地域での情報を共有したり、そこから質問をしたりすることができる。対面だったら挙手をするほどでもないコメントも、チャットならば書いておこうという気軽さもある。ここに、ひとつの分野に多地域の専門家が集まるような他の学会とは異なり、活発になる要素があったのではないか。

 これらの経験とふりかえりを踏まえて、質疑応答の方法について、僭越ながら私の案を述べておきたい。それは、各セッションの終了後に10分程度、総合討論のような時間を設定するのはどうだろうか。発表者3名が回答しきれなかった部分を順に回答するのでもよいし、あるいはフロアからの再応答や、3名の発表を通しての議論を、発表者や司会者、フロアでおこなうのもよいだろう。少なくとも司会者、発表者はビデオをオンにしておくと、より議論しやすいかもしれない。しかし、全てのセッションにこのようなインターバル時間を設けた場合、1日あたりの開催時間は非常に長いものとなる。もとより、長時間オンライン会議をおこなうことの精神的・身体的ストレスは、たびたび指摘されてきたものである。特に聴衆にとっては、発表に集中力を割いたあとに、さらにこのインターバル時間に積極的に参加することは負担になり得るだろう。参加者全体の状況を考慮すれば、必ずしも充実した時間とはならないかもしれない。これについては、あくまで発表者の立場からの一意見として検討いただければ幸いである。

 もうひとつの気づきは、懇親会の日時設定についてである。本研究大会では、1日目におこなわれたライトニング・トークの登壇者を囲んで交流をするという目的もあったためか、1日目のライトニング・トーク後に懇親会がおこなわれた。ブレイキング・ルーム機能を利用して部屋を分割し、前半は特に登壇者を囲み、後半は自由な会話がおこなわれた。私の参加したルームでは、教員3名程度と、大学院生や若手研究者が5名程度といった構成である。研究内容についての会話は、やはり1日目に発表した参加者に対しておこなわれる。私を含む2名の院生は翌日が発表予定だったので、激励の言葉をいただくことはあっても、内容について会話をすることはなかった。懇親会の日時については、それ自体が初めての試みであるライトニング・トーク企画との兼ね合いなど様々な意図により設定されたのだと思う。実際に、ライトニング・トークの後に懇親会がおこなわれたことで、若手の院生たちが話題の中心となり、他の研究者と積極的に交流することができた。しかし、2日目の発表者としての欲をいえば—また質疑応答が消化不良だったという2日目の所感もあってか—やはり最終日に懇親会があってもよかったのでは、と思う。ただしこの場合、おそらく会話の中心となるのは自由研究などをおこなった発表者のうち、聴衆の印象に残った人や、もともと交流のある人となるだろう。それはそれで、若手の院生が気軽にアピールする場としては、その効果を発揮しきれない。第1回の研究大会とは異なり、今大会は2日間に渡るプログラムであったことも、懇親会の設定をかんがえると悩ましいところである。しかしこれもまた、多くの研究発表を設けたい、1日に長時間オンライン参加しないように考慮したいとなると、2日間にせざるを得ない。あちらをとればこちらが欠ける、といったような具合で、懇親会の日程設定については考えがつきない。これについては、各企画の参加者だけでなく、聴衆として参加した方々からの意見も取り入れつつ、検討する必要があるだろう。

欲をいえばキリがないことで、参加者(発表者)としての一方的なことばかり述べてしまった。手探りのなかおこなわれた開催であったこと、準備に奔走し、可能な限り参加者の声を拾おうと工夫をこらしてくださったことは、じゅうぶんに理解しているつもりである。ここで書き留めたことは、あくまでひとりの参加者としての意見ということをご了承いただきたい。

 来年、いったい世の中がどうなっているのか見当もつかない以上、見晴らしのよい航海とはならないだろう。しかし、今大会についていえば、このような未曾有の事態のなかで、2日間にわたる研究大会を無事に終えられた意味はとても大きい。手探りの航海をするうちに、今やカパルは新しい海域に入っているのかもしれない。

中野真備(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・院生)